水槽を眺める時間
水槽の前で時間を忘れる
夜のリビングで水草水槽の明かりを眺める。葉の重なりや奥へ続く空間に目を向けていると、作るときとは違った楽しみがあります。どこを切ろうか、次はどう植えようか、と考えるのも趣味ですが、出来上がった景色をただ眺めていたい夜もあるものです。
こういう気分は海外でも調べられています。英国の国立水族館での研究論文には、1999年の家庭の水槽所有者を対象とした調査が紹介されており、70%が魚について、気持ちが落ち着きストレスが和らぐと表現したそうです。これは所有者の受け止め方を尋ねた調査です。眺めていて心地よいという感覚と、体で何が起きるのかという問いを分けながら読むと、研究の中身も見えてきます。
ストレスと体の反応
そもそもストレスは、心の中だけの話ではないようです。米国国立医学図書館のMedlinePlusによるストレスの解説では、ストレスは課題や要求に対する脳と体の反応だと説明されています。その際に出るホルモンが体を警戒させ、血圧や心拍を上げます。短い時間なら役に立つこともある反応ですが、ストレスが長く続くと、体はずっと脅かされているかのような状態になる、とされています。
水槽の前で落ち着いた気がする、と言うだけなら感想ですが、脈の変化や本人が答える気分も一緒に見れば、違う角度から考えられます。ただ、それぞれは別のものを見ています。綺麗な水景だという評価だけで、体の反応まで分かったことにはなりません。水槽を眺める研究でも、何を測ったのかに目を向けたいところです。
英国の水族館で行われた「自然の実験」
2016年に学術誌に掲載された英国の水族館での研究は、プリマスの国立水族館で、大きな展示水槽の改修と生物の再導入を利用したものです。生物を入れていない段階、一部を入れた段階、全てを入れた段階を、同じ展示場所で比べる「自然の実験」でした。
自然に立ち止まって眺める時間の観察では、無作為に選んだ来館者112人が対象となりました。各段階の人数は順に41人、31人、40人です。これとは別に、展示の前に座ってもらい、心拍や血圧、気分を調べる実験も行われました。心拍と気分は見る前と5分後、10分後に、血圧は見る前と10分後に測っています。5分後には、鑑賞の邪魔をしないよう血圧を測らなかったそうです。
生物が多い段階ほど、自発的に眺める時間が長いこと、心拍の下がり方が大きいこと、本人が答えた気分の良い方向への変化や関心が大きいことと関連していました。水景の中身と、見る側の反応を一緒に追ったところが面白いです。ただし、これは海の生物を展示する水族館での結果です。家庭の水草レイアウトに、そのまま同じ変化が起きると考えるのは早そうです。
さらに、全ての生物が入った段階の参加者は、偶然、来た時点の心拍と拡張期血圧が高めで、気分の評価も他の段階より低いという違いがありました。著者らはこうした違いを自然の実験という研究の性質と結び付けて論じており、研究自体も予備的なものとしています。眺める前から条件が違った、という点まで含めて読んでおきたい結果です。
緑を見ることについての研究
水草好きとして気になるのは、魚に加えて緑の景色の方です。2019年の、室内で自然を見る実験をまとめた研究では、37本の論文が検討されています。自然風景の写真、3D画像、仮想現実、動画などを使った研究の多くで、比較対象を見る場合よりも、体がくつろいだ状態に近い反応が報告されました。
実物の花や緑の植物、木材を見せた研究でも、比較対象に対して脳や自律神経の活動に好ましい反応が報告されたとされています。水草の緑に見入る楽しみから、こうした研究に関心が向くのも自然なことだと思います。ただし、扱う景色も素材も様々です。写真や花で得られた知見を、水草水槽そのものの測定結果として読み替えることはできません。
研究をどう読むか
一つの展示の結果に加え、研究をまとめた側の評価も見ておきます。2019年に発表された水槽の魚との関わりについての研究レビューでは、19件の研究が検討されました。このうち家庭で水槽を持つこととくつろぎとの関連について、暫定的な根拠を示したものは2件でした。
くつろぎや体のストレス反応などの結果は、良い方向の変化があったものと、変化が認められなかったものが混在していました。気分については予備的な支持が得られた一方、全ての研究に方法上の問題があり、結果の偏りのリスクも高いか、はっきり評価できないとされています。レビューの結論でも、この分野の研究はまだ限られていると述べられています。
水草好きにはうれしい結果の部分だけ覚えたくなりますが(笑)、誰が、何を、どんな条件で見たのかまでが一組です。水族館での短い鑑賞と、自宅に水槽を置いて暮らすことでは、調べている場面も違います。
水景を眺めるということ
葉の形を目で追いたい日も、水槽全体をぼんやり眺めたい日もあって良いと思います。研究に出てくる5分や10分も、その実験で測った時点の話ですから、家庭で守る鑑賞時間の指定として読むものではありません。
研究から見えてくるのは、水の景色と見る人の反応を丁寧に調べる面白さと、まだ分からないことの両方です。綺麗に育てること、格好良く配置すること、その景色を眺めること。水草レイアウトの楽しみの中に、最後の一つも置いておきたいものです。